2020年2月26日水曜日

朝日新聞「ひと」欄

(ひと)柴原洋一さん 芦浜原発計画を止めた民意を伝え続ける元高校教師

写真・図版

しばはらよういち(66歳) 

 「三重県に原発の計画があったのは知っていますか」

 2月中旬、母親8人が参加した勉強会で、柔らかく切り出した。
 県南部で中部電力による芦浜(あしはま)原子力発電所の建設計画があり、2000年に中止された。何があったのか。反対運動に携わった立場から説明した。質問に随時答える対話形式で、場は盛り上がった。
 元々英語の教師だが「授業以外で話すのは苦手だった」。芦浜の歴史を伝えるため工夫した。今も大規模工場の計画に反発する住民など県内外から講演依頼がある。
 志摩市出身。1983年、妻の実家がある南島町(現南伊勢町)にかかる芦浜を訪れ、美しい海に心を奪われた。小さな漁村は原発計画の賛否をめぐり分断されていた。怒りがわいた。「海を守り、穏やかな生活もままならない。なぜこんなことが許されるんや」
 希望して地元の高校に赴任し、日夜、漁師たちの話を聞いた。町民ら200人とバスに分乗し、県内全域の団地などを戸別訪問して反対署名も集めた。県内有権者の半数を超える約81万筆を県に提出。4年後、知事は計画の白紙撤回を宣言した。
 宣言から20年となる22日、運動の歴史をまとめた本「原発の断りかた」(月兎舎)を出した。「原発に限らず、誤った国策を正すために必要なのは、庶民が力を合わせること。今こそ経験が生きます」 (文・写真 大滝哲彰)

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