おことわりの会事務局の吉原芳一です。
愛読の「ただいま被曝中」から最新投稿を転載します。
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本日、ゴメリからゲストが来られ、福島で講演をされました。
私も拝聴に伺いました、が、あまりいい思いはありませんでした。
最後に『ベラルーシで、行政が禁止しているのに食べている人々が悪いのだ。福島に留まる人々も自己責任なのだ』と仰いました。
感情論で本音から申し上げると『何をしに来たのだ?』でした。
そんな事は、だれでも言えるのです。
それが出来ないところに真意が隠されています。
さすが行政が仕組んだフォーラムだけの事はあると思いました。
ベラルーシで山の果実を食べて暮している人々は極貧の人々だと聞きます。
どこの世界に、毒物を喜んで食す者がいるでしょう。
教育と情報と生活力を十分に与えられていないに違いありません。
見たわけではないので無責任な見解です。
しかしながら普通に考えてあり得ないと思われます。
全国の人々から見れば、福島の人々だって何故避難しないのか理解できないと思います。
そこで暮らす人々でなければ分らない事がたくさんある事を私は今回の事故で学びました。
そしてそれは一言では表現できず、いや、言葉で表現し尽くせるかどうかさえ分からない、繊細でパーソナルな問題なのです。
理由は分らなくても、どういった心情なのかは理解できます。
人とはそういうもの。。。
本日のパネリスト達は、そういったデリカシーを感じませんでした。
机の上で計算し、理論上こうである、といった低いレベルの見解を講演されても現地では意味がありません。
現地に必要なものは、繊細なケアであり、机上の屁理屈ではありません。
K-40がもともと人体に数千Bqあるからセシウムがそこそこあっても問題ないとか、預託実行線量の式で計算するとセシウム合計で3万Bqでも1mSv/年に届かないとか。
じゃあ、放射能なんてほとんど気にするに値しないじゃないか!!!!!!
どういうつもりだ。
ほんとにそう思うなら、ほっといて欲しい。
御用のみなさんの言う通りなら、我々が懸念している事など取るに足らないレベルだ。
それは間違いない。
呆れて無視してくれれば良いと思う。
解明されていない事をどの面下げて自信満々に『安全だ』と言うのか理解できない。
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